2018年10月27日土曜日

森茉莉『父と私 恋愛のようなもの』

甘く、淡く、快く、美しく、綺麗で、悲しくて、満ち足りていて、穏やかで、豊かで、幸福で、素晴らしく貴重であるもの。後にも先にもない、唯一無二の、ただそれだけが、ほんものであると言うべきもの。色褪せる事なく、言葉を以って取り出す事で、かえってその濃さを、純度を増して行くもの。言葉にすればするほど、その色合いも、香りも、心地よさも、ますます深まって行くもの。痛みさえ、悲しみさえ綺麗な。唯一無二の、稀少な輝き。
その冷静さが際立つ。よく見ているが故に。よく理解しているが故に。よく意識し続けているが故に生じる。その眼差しの冷静さが。幸福そうで、熱っぽくて、優しいのだけれども。決して溺れ落ちては行かない。その冷静さ故に、それがうわべだけのものではない、ほんものである事を痛感出来るような。その冷静さ故に、甘やかさも、美しさも、ほんものであると実感する事が出来るような。森茉莉の怜悧で鋭い眼差しが光る。

素晴らしく贅沢な思いをした気がする。ひどく稀少である、ほんものに触れる、ほんものを味わうと言う贅沢。美しくて、悲しくて、どこまでも綺麗で、甘く、幸福な時間。


父と私 恋愛のようなもの (ちくま文庫)
森 茉莉
筑摩書房
売り上げランキング: 183,623