2019年8月24日土曜日

森茉莉『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』

冴えまくっている。鋭敏で確かで揺るぎない、その審美眼よ。強靭で豊かで徹底した、その美意識よ。決して見逃さない。すぐにわかる。すぐに捉える。すぐに見分け、見破る。本物と贋物を。本物の美やよさや凄さを、贋物のいやらしさや醜さや愚かさを。すぐに見出して語る。次々と語る。自らの内からも、どんどん引き出し、自らの持つ記憶や、自らの知る美しさというものを、どんどん連想し。迂回し過ぎてもう二度と元の場所には戻れぬほどに、いつの間にかそれが本題となってしまうほどに、切れ間なく、それも丹念に、語る。繰り返し、繰り返し、語り、今一度語り、語り続ける。その無尽蔵さ、枯渇してしまう事のなさよ。語り尽くしてしまう事のなさよ。
鮮やかで多彩で濃厚な好悪の表現。明確な好悪それ自体。好を読むのも悪を読むのも楽しくて仕方がない。褒めも悪口も素晴らしく楽しい。森茉莉がすべてを本物にしてしまう。美も醜も、森茉莉が本物にしてしまう。その眼と言葉によって。色も香りも形も輝きも暗さも。悲しみも怒りも嘆きも喜びも幸せも。すべて本物にしてしまう。淡く妖しい靄でくるみ、蠱惑的な、本物に。茫洋としていて、魔を秘め、底が知れず、その事が、そのまま凄みとなっているかのような、森茉莉の眼と言葉によって。すべてが本物となる。
月並みだけれども、森茉莉が生きていたら、今、誰を褒め、誰を嫌うだろうか、何を愛し、何を好むだろうか、どこによさを見出すだろうか、どのようにやっつけてくれるだろうか、など、あれこれ考えながら読む。いつ読んでも今、森茉莉にいて欲しいなあと思う。森茉莉がその言葉を以って語るのに相応しい人や物事を、今の中から考える難しさ。



ベスト・オブ・ドッキリチャンネル (ちくま文庫)
森 茉莉
筑摩書房
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