2022年11月12日土曜日

金井美恵子「兎」雑感メモ

〈兎〉を何として読むか。〈兎〉を〈言葉〉として読むこと。〈ふわふわした柔らかな白い毛〉〈血と脂肪に包まれた薔薇色の肉〉…。ただ貪るように、ただ享受するように摂取し続ければ浮腫み太るそれを。直に触れること、〈肉の薔薇の中に手を〉つっ込むようにして、内部に手を入れて、内臓をつかみ出して、抱え込んで、〈股の間にはさんでおいて〉、〈裸の脚が直接〉毛皮に触れるようにして、その粘性の赤色を全身に浴びて、塗りたくること、やがてその毛皮をぬいあわせて自らの身体をすっぽりと入れてしまうこと、残忍で獰猛で貪欲でこの上なく快楽的な〈兎〉との接触を、〈言葉〉との接触として読むこと。全身にまとうぬいぐるみの仕組みと細工の精巧さ。情熱に貫かれた、魅惑しつくされた者の徹底した〈兎狂い〉…。〈飽食と睡眠の甘美な快楽〉を介する分身めいた結び付きを、傲慢にも無邪気に欲望し続ける者の陥るそれとして読むこと。父親は自らの食した膨大な〈言葉〉によって復讐される。肥大化した自らの怖れの〈亡霊〉によって復讐される。少女は眼を、〈人間の世界〉を見ていた眼を失い、〈兎の亡霊が自分にとりついた〉ことをはっきりと自覚し、もう戻れないということを、〈改めて、はっきりと確認〉する。〈桃色のガラスの破片の鋭い切り口〉の輝き。その凄惨で怖しい体験、その激しい痛みの内で見た美しさ、ぞっとするほど綺麗な光景というもの。〈見えないものを見えるようにする力〉…そうすることでのみ、刳ぬくことによってのみ、達することが出来る極致的な。〈死〉と密接に結びつく陰惨な快楽、浸透し、連なりを招く粘性の快楽としての〈言葉〉との接触を読むこと。〈言葉〉との接触の陰惨な快楽そのものとして読むこと。