脈絡もなく、ただ滴り落ちるかのように、男と女、両の口より出で、語られる情景が、滲む性の色合いを帯び、仄かに艶めいた記憶の断片が、彼らの内を流れる、形のない悲しみの輪郭を、その不明瞭さを、ぼんやりと映し出して行く。異なる性を宿すものとの、避けられぬ摩擦が生む陰翳、暗がりを流れ続ける悲しみは、すくい上げた瞬間、指を、手のひらを、皮膚を伝い、やがて零れ落ちてしまう水のように、形を持たぬもの。形あるものの脆さを備えぬが故に、決して掴むことが出来ない、しなやかな曖昧さを備えるが故に、いつまでも掻き消せぬ、それら。逃れようのないものであると、生まれ出でたことさえ、当然のものであると、痛みを抱き続けるため、寄り添うのは静かな諦め。
だが、それでもなお、憂いに守られることを選んでなお、暗い感情の波に心揺さぶられ、不安気に、戸惑いの光を湛える彼らの姿が、彼らの言葉が、ままならぬ生の、豊かな色彩を伝え、わずかな甘さを含み、晴れることなく胸に広がるような、寂寥感を残す。
大庭 みな子
河出書房新社
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