2015年6月10日水曜日

津島佑子『葎の母』

黒々と血を流し、滲み出た膿が濁す傷口を、どこか満足そうに見つめる。痛みには、より強い痛みを。傷口は庇わず、剥き出しのまま晒す。まるで自らの内に蠢き続けるものたちの深さを、確かめるかのように。去り行くことを許さず、息づかせた陰翳を浄化し、薄れさせて行くことさえ、自らに拒むかのように。薄闇にこそ救いはあると、母は頑なに、とどまり続ける。
死者を過去に。憤りを、憎しみを淡い陰に。決して昇華させはしない。母親というものの、その存在の重さから逃れようと、娘は家を飛び出した。離れてなお、目を背けてなお、つきまとう、母の痛み。近づくことさえ躊躇われるほどに、静かに、陰鬱に、在り続ける葎の家。だが、自らもまた、母親になることを選んだ時、男に対する執着、性愛への貪欲さはあれど、父親という存在を要さぬまま、自らと子どもの間に、父親という存在を必要としない自らのまま、母親になろうとした時、母の与える痛みは、自身にとって、快い慰撫へと変わっていた。
それは、逃げ出さず、佇み続ける母への、苦しみより、傷口より目を逸らすことを知らぬ、母への共鳴か。棘が刺さる痛みこそ、何よりも心地よい安堵。甘さのない救い、だがその不器用なひたむきさにこそ、心惹かれる。



葎(むぐら)の母 (1975年)
葎(むぐら)の母 (1975年)
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津島 佑子
河出書房新社
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