徐々に育ち行く願いの奇妙さ、伝え難く、密かに抱き続けるほかのない、だが、内にてのみ、耽り、興じられるものであるからこそ、凄艶さを増す、思いの強さ。陰湿さのない、穏やかな優しさに守られた日々、それ故に、願望は醜さに歪められることなく、美しさを、純度を高め、保ったまま、円熟の時を迎えた。語り継がれた生涯、その不可解さへの関心は、単に好奇ではなく、粛然と、怜悧で在り続けた美への、畏敬と感嘆によるもの。
情景を、挿話を、淡々と、並べて行く。余計な色香など加えはしない。恐ろしい事件への予兆も、不意に湧き上がる不可思議な執心も、平穏を破る、危うさを秘めた衝動も、ただそれだけを。噂話のような連なり、見聞きした噂話を思わせる連なり、だが、それでいて、噂話の嫌らしさを持たぬその連なりは、輪郭の淡い物語として、甘く、静謐な美の余韻を、心に刻み込む。
河野 多恵子
文藝春秋
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