2015年6月11日木曜日

松浦理英子『裏ヴァージョン』

小説と感想。詰問と答弁。難詰と応戦。互いへの拘りを、意外なほど熱く、切実な愛着を、その奥底に秘めた、言葉の応酬。捻じ曲がり、武器と化した言葉、ぶつけ合い、相手の本心を抉り出そうとする。それはまるで、肉体を用いる交わりを拒んだ自分たちの、性的に交わらぬ繋がりを選んだ自分たちの、曖昧で、脆弱で、だが、その割に根深くて、執拗な関係性を確かめるために、繰り返しているかのよう。
自らの今を隠したまま、白々しく言葉を逸らしたまま、相手の今を、率直な言葉を知ろうとする、不毛な探り合いの、もどかしさ。昇華させる術を持たぬが故に、燻らせ続けるほかなかった、思いたちの爆発。その肉体に触れる代わりとして始めた痛みの暴き合いは、性行為、或いは、それに付随するじゃれあいのような、気恥ずかしさを伴う。寒々しい軽口、本音を、意外なほど、熱く、切実なそれを避けようと試みる抵抗、だが、そう言わざるを得ない、そうせざるを得ない屈折と躊躇いが、可笑しくて、恥ずかしくて、少し、微笑ましい。


裏ヴァージョン (文春文庫)
松浦 理英子
文藝春秋
売り上げランキング: 336,680