2015年6月7日日曜日

高橋たか子『天の湖』

愛に飢え、不安に溺れ、常に苦しみ、冷めることのない熱に喘ぐ兄。生に縋る執着も、死に抱く憧憬も、熱を帯びた感情の、その一切を持たず、弟はただ無気力に漂い、現実に身を晒すだけ。居場所のない生、孤独すら意に介さぬように、虚ろな心のまま、漂泊し続ける弟、だが兄は、まるで病のように自らを侵す熱の根源を、怒りの根源を、葬り去った過去の内に求め、足掻き続けていた。
危ういところで保たれていた調和、偽りの平穏を崩壊へと導く、ある女性の存在。弟がささやかな安らぎを手にした時、兄の心に燻る行き場のない愛は、残酷に煮えたぎり、やがて激しい憎しみへと、その姿を変える。深まる両者の溝、決して交わることのない、互いの世界。報われぬ自らを救うため、息苦しく、憤怒に塗り潰された世界を超えるため、用いられたのは、殺人という名の、惨たらしい儀式。
孤独な生にまとわりつく、寄る辺のない哀しみの重さ。暗く、陰惨な闇に触れるかのような余韻、鋭く、振り払い難い痛みを、心に刻む。



天の湖 (新潮文庫)
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高橋 たか子
新潮社
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