相手がどういう人間であったか、それすら忘れてしまうほどに、共に在ることが当然となっていた二人。相手を見つめ直す契機ともなった。だが、変化など訪れはしない。闘病に寄り添う日々は、彼女に、最早最後まで夫と添い遂げるほかのない自らの心を思い知らせるだけ。
生還した夫の身体に覚える違和感。自分だけが取り残されてしまったと、くすぶる不満。置いていかれてしまったと、募る憤り。共に逝こうとしていたからこそ、自らにも手が付けられない具合に、どうしようもなく心はほつれてしまった。破裂する瞬間を逃し、行き場を失くした思い。喜びよりも、安堵よりも強く、不可思議な憤懣、戸惑いを訴える心の様相は、切実で好ましく、馴染みやすいもののように感じられる。言いようのない怒り、悲しみにほつれた心もまた、癒えた夫への違和感が薄れるにつれて、ゆっくりと、何とはなしに、縫い合わされて行くのだろう。
村田喜代子
朝日新聞出版 (2012-06-07)
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