2015年6月18日木曜日

村田喜代子『光線』

日常的な物事、現実的な物事に対し、鈍感さを持たぬもの…。自らが、或いは、その周囲が、鈍感でいることを許さぬ、聡く、鋭敏なものたちの苦しみ。立ち向かうことの出来ない、圧倒的な力をふるう脅威への畏怖。
今まで平然と、揺るぎない安堵を以って踏みしめていたそこ。じわじと確実に広がり行く汚れに、傷みに、気付いた瞬間の、茫洋とした哀しみと怒り。不明瞭なまま、あえて見据えぬよう、遠ざけ続けてきたそれら。病により、より鋭さを増した感性に接することで、近付き、触れてしまったことで、今を生きていることへの、この先を生きて行くことへの、怖さのようなものが、自らの心の奥底でひっそりと蠢き始めたような、不気味な脈動を感じる。
それは不快で、不安で、堪らなく恐ろしい。いっそこのまま図々しく、見て見ぬふりを続けて行きたいと、卑劣にも、愚かしくも思ってしまう。だが、目を閉じても黒々と浮かぶそれらが消えることはなく、確かにある不都合な痛みに気付いてしまった心はもう、その疼きを見過ごしてしまうことを許してはくれない。


光線 (文春文庫)
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村田 喜代子
文藝春秋 (2015-01-05)
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