2015年6月18日木曜日

松浦理英子『セバスチャン』『奇貨』

『セバスチャン』
性を用いる交わりも、性を満たす悦びも、必要とはしない。ただ、自らの世界そのものである存在に捩じ伏せられ、従属し、性の備わらぬ、モノのように扱われることを望む。自らの肉体が有する性への無関心。性を不要とする愉悦への傾倒。自らの形を、既存の枠組みの内に適合させることが出来ぬものの危うさ。異なる性を持つものとの交流に、思い知らされる自らの歪み。失った世界の大きさ、身をもぎ取られるような哀しみ。避けられぬ傷の惨さに、消えることのない生き辛さ、息苦しさに、鋭く怜悧な哀感が奔り、胸を締め付ける。

『奇貨』
何とも不器用で生真面目。自らの激情を、濁り、滾る感情を発し、そのままにはしておかない、友への嫉妬。それらを掴み、放出する術を得た、喜びへの羨望。それは、処理することなく、その形を見極めることさえもなく、ただ見過ごしてきたものたちとの、後ろ暗い邂逅であるかのよう。 自らに対し、既存、主流の枠組みの中におさまらぬ自らの性と、生に対し、生真面目であり続けるが故に苦しみ、悩み、迷うもの。ふつふつと沸き起こる思いに、触れたくない塊にまで、逃げず、目一杯向き合う。その不器用さ、その滑稽さ、可笑しくて、気恥ずかしくて、何とも愛おしい。


松浦理英子は『セバスチャン』、『ナチュラル・ウーマン』、『葬儀の日』、『奇貨』、『裏ヴァージョン』が好き。並び順通り。制止の声もあげられぬほどに、張り詰めていて、切実で、痛々しくて、危うくて、時にはらはらしてしまうほどに、不器用で、生真面目。鋭いのに不恰好、崩れ落ちそうなのに硬い。窓も、排気口もなく、換気する術さえない空間の息苦しさ、濁りの中を、這うようにして生きるものたち。その苦しみと悦びを描く松浦理英子作品の、不器用な生真面目さが、自分はたまらなく好き。



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