冒頭の混線具合がまず好き。マグロとの恋。夢の中にしか存在し得ないマグロへの恋心。ちぐはぐに乱れた会話、受信した声に駆り立てられる心。確かに恋。それは現実の世界より生まれ出でた、もう一つの世界。伝わらなさ、噛み合わなさ、隔たり、恐れ、快感、不快感、自らと現実の。自らと他の。自らに絡みつくもの。自らに絡みつき、未だ離れぬもの。過去、郷里、記憶、家族、いずれもみないびつに歪んだ形をしている。じわじわと脳内を侵食するように流れ込んでくるイメージの数々。電車の外に広がる光景への違和感、降りた場所の印象、そこから繋がる記憶への違和感。連なり行く言葉、目まぐるしく変化して行く情景。悪意やら皮肉やら嘲笑やら、嫌悪やら哀しみやら苦しみやら、黒々と濁り、渦を巻く多くの感情を象るための。戦うべきもの、振り払うため、その形を、その正体を、見極めるべきもの。象り、歪め、ぐるぐると。無茶苦茶でありながら、恐ろしく繊細で、目一杯言葉を駆使する切実さ、壊されることのない強靭さ。凶悪なまでに強い。
初めて読んだ際、自分は悪酔いしてしまいそうだと思った。だが、読後の感覚は存外に快いもので、何度読んでも変わりないそれに、感嘆。
笙野 頼子
文藝春秋
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