2015年6月8日月曜日

高橋たか子『荒野』

自らを偽り、自らを飾り、自らの身を守るため、衣をまとう。衣の下に秘められた本性。偽りを、飾りを剥がされ、一糸纏わぬ姿となった人間の、剥き出しにされた本性。哀しく、陰惨に蠢く魂の息遣い、衣を纏わぬまま、生を漂う、人間の脆さ。言葉は妖艶に、冷徹に光る。
自らの心を偽る術を、何一つ持たぬまま、自らの糧となるべきものを求め、ただ純粋に、それだけを求め、彷徨い続けるものたち。性の欲望にのみ、現実へと繋ぎとめられている女性の姿があった。男を愛する瞬間、己が身を襲い来るもののためにのみ、彼女は生き続ける。だが、それは同時に、誰かを、近しいものを、見知らぬ誰かを、絶えず誰かを、傷つけながら、生きて行かなくてはならないということ。
焦燥と寂寥、憂鬱に侵された荒涼。衣を纏わぬまま、渇いた現実に身を晒すことの、遣る瀬無さ。彼等の心に吹き荒ぶ、諦めと虚しさの風。皮膚を刺し、癒えることのない、哀しみの深さを、伝える。



荒野 (1980年)
荒野 (1980年)
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高橋 たか子
河出書房新社
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