2015年6月8日月曜日

村田喜代子『故郷のわが家』『耳納山交歓』

『故郷のわが家』


故郷のわが家に帰れば、多くの矛盾に支配された下界、自らが生きてきたそこさえ、酷く曖昧なものへ。儚くも美しい雲海が、世界を柔らかに隔てる。故郷には、人の世の喧騒も、人の世を生きる煩わしさも、届かない。気が付くとそこは夢の中、懐かしき記憶と、慕わしき今が作り出す、不可思議で心地よい、夢に在る。故郷に詰まったたくさんの思い出に湧き上がる郷愁。だが郷愁は場所ではなく、昔と言う時間に覚えるもの。二度と戻れぬと知っているからこそ、記憶を振り返る快さは、甘く静かな寂しさを伴う。穏やかな言葉で記される夢の、望郷と、強き自然。謎めいていて、たくましく煌めいていて、堪らなく愛おしい。

『耳納山交歓』
隠れ里に住まう人々との交流は、微笑ましくも、何やらあやふやで、いくつもの謎に満ちたもの。だがそこには、まるで美しくも綺麗でもないでこぼこした毎日に相応しい、よく知った存在感がある。例え交歓を彩る光景が幻想的なものであっても、浮かび上がるのは紛れもない人間の姿。物語を牽引する女性の魅力たるや…非常時に見せるたくましさ、人々を穏やかに見つめる瞳の落ち着き…何と言う好ましさ。現実的な物事に対して、腹立たしいほどに鈍感さを発揮する夫への、多分に呆れを含んだ諦めや、鋭い皮肉さえも、平然と笑いに変えてしまうその茶目っ気。どこまでも心憎い。



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