2015年6月7日日曜日

大庭みな子『栂の夢』

酷く、蠱惑的な破滅へと向かう、ある家族の様相。

凄まじい上昇志向を自らの支柱とし、苛烈な道を歩み続ける妻。彼女の激しさに屈し、その選択を拒むことさえ出来ぬ、気弱な夫。だが、彼等の関係を覆う厚い皮を剥がせば、そこからは、醜悪なる熱気にまみれた、夫婦の交歓の様相が露わとなる。
気弱さを装う夫が秘めた、妻への歪んだ性愛。妻の俗物的な振る舞いはすべて、夫の隠し持つ欲望を汲み取り、彼女の醜さ、賢さを悦ぶ夫の心を満たすため、自らに課したもの。互いにしかわからぬ悦びの深淵。夫婦が絡ませ合う熱情の厭らしさ、生々しさ…甘やかな歪みを際立たせる、子どもたちの葛藤と、痛ましいほどに素朴な嫌悪と愛情。交錯するそれぞれの思いが、不快な熱気を生む。
廃棄物にまみれ、脂っこく、ドロドロと汚らしい波と化した女性の中にも、憐れむべき、愛おしむべき、悲しみがある。醜悪さと紙一重の美しさ、艶やかさがある。そしてその媚態を見つめる夫の、卑劣さを隠した視線の中にもまた、妻への肉欲と、愛を伴う、熱っぽい感情がある。むせ返りそうなほどに、甘く、濃い腐臭。破滅が醸し出す凄惨な色香。それらを象る肉厚な言葉を堪能する。



栂の夢 (文春文庫)
栂の夢 (文春文庫)
posted with amazlet at 15.06.07
大庭 みな子
文藝春秋