2015年6月9日火曜日

倉橋由美子『夢の通い路』

驚きさえ与えぬほど、当然のような相貌で、現世の領域を侵し、艶やかに手招き、誘う、甘く、典雅なる世界への、密やかな往訪。冥府にて耽り、興じる遊戯、煌めき、華やぐ、喜悦の交歓、魂を以って享受する豊穣な恍惚は、見知った世界が誇る矮小さを、遙か遠くに思わせる、快い毒として、優雅に、鮮やかに、全身を隈なく、満たして行く。
溶け行く肉体、滅びへと昇る、交わりの凄艶さ。待ち受けるは死、夢幻の儚さを滲ませながら、惨たらしく、真実味を湛え、甘やかに微笑む。恐ろしくも慕わしい死こそが、迸る歓喜への陶酔を、極上の至福へと、深く、濃密に、高めて行く。
おぞましき崩れにさえ、恐るべき背徳にさえ、柔らかな色彩を施す、冥界の瘴気。妖美なる往還を映し出す言葉は、ひどく冷淡な相貌で、残忍に光り、だがその芳香は、蕩けてしまいそうなほどに、甘い。



夢の通い路 (講談社文庫)
夢の通い路 (講談社文庫)
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倉橋 由美子
講談社
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