2015年6月9日火曜日

金井美恵子『柔らかい土をふんで、』

情景を象る言葉たち、緻密な刺繍を施すように繋げられたその、編み目の細かさ。言葉は情景の手触りを、時間を、速度を、香りを、色彩を、その形を再現するために、執拗に、細やかに、編み込まれて行く。決して破れることがないよう、いくつもの編み目、情景を、隙間なく重ね合わせて作られた物語の強さ。物語を形作る層、ひとつひとつの厚さ、しなやかな感触が誘引する願い、ただひたすらに読み続けていたいと、ただひたすらに言葉を摂取し続けていたいと、尽きることなく引き出される、読むことへの貪欲さ、読みたいと願う、欲求。
言葉より浮かび上がる情景、匂い立つ情景ごと、言葉を吸収する喜び。朽ち行くものの汚しさ、ねばりつく臭気。豊かな膨らみと、曲線の美しさ、甘やかな微睡み。あらゆる快、不快、あらゆる美、醜を内包したような、ひどく官能的な息遣い。同じ情景、同じ言葉の連なり、同じ編み地の層に、再び巡り会えた瞬間の、不思議な嬉しさと懐かしさ。体内に染み入り、よく馴染んだ彼等の末路、その行く末を求め、心は踊る。
熱く、憂鬱な愛を象る言葉。象られた愛の物語、細やかに、執拗に、編み上げられた物語は、強靭で、貪っても貪っても、尽きることがなく、また決して、破れることもない。読み進めて行く愉しさ、手強く、しなやかな手応えが生み落とす、少なくはない苦しみを含んだ愉しさ。物語を貪り、言葉を貪り、読むことの愉悦を貪り、それは確かに、至福の時間であったように思う。



柔らかい土をふんで、 (河出文庫)
金井 美恵子
河出書房新社
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