2015年6月21日日曜日

皆川博子 短編集の記録⑤

『猫舌男爵』
無限の闇を秘めた、世界と云う密室空間。豊潤に香り、満ち溢れる瘴気、酷く、退廃に彩られた夢想への耽溺を誘う、甘く、濃艶な瘴気。充満する毒の芳香に、息づく不穏に、崩れ行く世界の凄惨さ。滅びは気怠く、微睡みに似た心地よさを以って、迫り来る。その心を蝕む、苦悩より生まれ出でた狂気、痛みを、哀しみを、慕わしさを、幾重にも塗り重ねた生の色彩。血に穢された過去と、気高く、清廉な魂への憧憬。そして苦く、辛さを含んだ笑いを運ぶ、遊び心。濃厚な余韻、胸に広がるのは甘やかな愉悦。

『旅芝居殺人事件』
観るものの心を絡め取る、演じ、舞うものたちの、凄艶な美しさ。秘め続ける悲哀、愛憎はすべて、その身にまとう色香へ。艶やかに、甘やかに、孤独に香り、煌めく。夢に侵された領域、凄惨な闇を染める血飛沫の紅。朧げな記憶、過去を彷徨い、惑い、蠱惑の夢幻を生む。曖昧に浮かぶ情景への妄執より生まれ出でた夢幻は、血に濡れた悲劇のおぞましささえ、妖美なる至福へと、塗り替えて行く。誘われた恍惚、密やかな悦楽の波に漂う。



猫舌男爵 (ハヤカワ文庫JA)
皆川 博子
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旅芝居殺人事件 (文春文庫)
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