その都合の悪さ故に、手頃さ故に、侮蔑され、或いは黙殺され、封じ込められて来たものたち。自らを苦しめ、抑圧する敵の卑劣さ、嫌らしさを暴くため、語り出す。おぞましき愚行と、抗戦の歴史を。怒涛、騒乱、止まることのない言葉で。心を象るイメージの歪みにこそ宿る熱。芯から人を馬鹿にしたような嘲笑の色合いは、破壊の快さへ、怒りを根底に、悪意を着せ、凄みを帯びた戦いの軽快さの中、しばしば言葉より溢れ落ちる憎悪は、切実な痛みの象徴として、平穏に惚けていた心を奪い、狂騒の渦へと一気に飲み込んで行く。
*今作もまた、不当を順当に戻すための、順当を勝ち取るための戦い、と言う印象。怒りを作品に昇華させる際に伴う苦痛や、怒り自体、憎悪自体を象るイメージは歪み、崩れていて、自分はそこが好きなのだけれども、理不尽な抑圧や黙殺への抗戦と言う、素朴、当然故に強固な根幹があるからこそ、存外に近しい安心感をもって、読むことが出来るのではないかと思う。
『おはよう、水晶―おやすみ、水晶』
その水晶は、自らの身を守るためのもの。怒りに、悲しみに、沈み込まぬよう、自らを保ち、力を、弱まりつつある力を、湧き上がる力を、集め、蓄えるため、そこに在るもの。すべてうつすよう、その内に注ぎ込んだ思い。戦い抜く心に満ちた熱も。音もなく魂を奪い取るような、喪失の痛みも。すべて、注ぐ。淀み、傷つき、歪みさえ吸い込み、それでも、水晶は穏やかに佇む。それは壊れぬ強さを思わせる静けさ。喜びも、安らぎも、内包するが故の静けさ。
苦しい。不穏を示す心に、直接触れるかのような苦しみと、戸惑いがあった。だが、自らを守る試みの、強化する試みの穏やかさに、激しさや、苛烈さを含んだ上で叶えられた、意外なほどの穏やかさに、しなやかな心の息吹を感じ、決して崩されることはないと、僅かに安堵する。
講談社 (2013-09-06)
売り上げランキング: 110,130
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