Lと他者を遮断する隔たりの存在。Lが抱く他者というものの認識。Lに触れた他者の反応。描かれた接触の様相を見る限り、Lと他者、両者の間に浮かぶ関係は、一冊の書物と、その書物を読むものの間に生じるそれに似ている。自らの願望にのみ、願望を体現することにのみ、忠実で在り続けるL。まるで彼女自身、彼女の生そのものが、一つの作品であるかのよう。Lという存在を誤読し、見下すもの、或いは、Lの表皮をなぞり、現し身に価値を見出すもの…彼女とは決して交わることのない領域に、属するものたち。届かぬ世界の冷酷さに、理解し難い愉悦に、臆し、苦しむことなく、悠然と馴染み、共鳴を示すよう、理解するものだけが、唯一、共犯者の微笑を浮かべることが出来る。超えられぬ隔たりの前に、愚かな読者に過ぎない自分はただ、呆然と立ちすくむのみ、だが、捉えた微笑の美しさに、甘やかな羨望を覚える。
「結婚」
俗的なものの象徴とも言うべき存在=S、或いは、Sに備わる社会性というものに対する、無機質な眼差し。何か別の生き物を眺めているかのような、自分とはまるで無関係なものを見つめているかのような、熱のない、涼やかな瞳に、心は酷くざわつき、不安と、得体の知れない興奮を訴える。LやKと言った存在が、社会性というものに無関心な、ニュートラルな存在であるからこそ、余分な醜さを持つことなく、高められて行く、悪意の純度。全身を駆け巡るものは敗北の苦味、わかり得ぬものへの嫌悪。だが、それはやはりどこか、皮膚を焦がすような、熱い快さを伴うもの。
倉橋 由美子
新潮社
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