手紙、日記、記録…残された言葉を並べ、知り得ない時間の、知り得ない思いに、ただ、寄り添う。薄れた色、集められたまま、塗り直されることもなく、今はもう、何色をしていたかさえわからなくなってしまった言葉たち。解き明かす訳でもなく、新たな色を与える訳でもなく、ひどく退屈で、居心地が悪い。だが、そこに、知り得る近しさ、見過ごせぬ不可思議さが紛れ込んだ途端、それらは、誰かの好奇心、興味を満たすための、その試みの過程とも言うべき退屈な言葉の羅列ではなく、素通り出来ぬ不穏な力を持った思いの群れへと、姿を変えていく。繋がらないそれぞれ、繋げられぬまま、距離を、時間を、悠然と超え、混ざり、消えぬ強さを示す。
『ひべるにあ島紀行』
言葉は足早で、絶えず流動し続けるイメージは散漫なもの。訪れた現実の旅先と、迷い込んだ架空の国。不穏な幻覚が与える痛みは、鮮やかで重い。まるで物語自身が、他者の手で象られることを、他者の手に収まることを、拒んでいるかのよう。どうやっても、うまくその形を掴むことが出来ない。怒りに彩られスイフトの生。謎に包まれたステラの思い。両者の間に育まれた激しい友情。そしてそこから呼び覚まされるイメージ、主人公の心に刻まれた、魂の交流の数々。幾人もの男性たちと築いた関係の形を確かめる旅路は、母ではない女である自らの生を肯定する為に、必要なものだったのではないか。