神や英雄の崇高さを持たぬ、人々の間に、狭く、息苦しさに澱む、閉塞的な世界の中に、宿り、蘇る、神話の数々。かつて、壮大、奔放であったはずの悲劇は、どこか馴染み深く、見慣れた矮小さを備える人間たちの、暗い胸中において圧縮され、まとわりつくような粘着性を帯びた、嫌らしく、淫猥な匂いを放つ。閉ざされた世界に見合うよう、小さく、陰鬱に縮められて行く悲劇、その小ささ故に生々しい深刻さを帯び、凄惨な様相の密度はかえって、高く、濃いものへと変わる。
人間たちの内に広がる陰翳、深く、醜く、蠢く闇の中で、不気味に渦を巻き、触れるものの精神を飲み込むよう、踏み入るものの身体を離さぬよう、侵食して行く罪のイメージ。罪に踊り、罪に踊らされる彼等が、神でも、英雄でもなく、あくまでも人間であるからこそ、現代という狭き時、狭き世界を生きる、人間であるからこそ、より背徳的に、より淫らに、禍々しくも艶美であると感じられる、悲劇。迷い踏み入れた闇の暗さ、退廃に抱くおぞましさは同時に、密やかな喜びを伴うもの。強い毒が秘めた甘さを愉しむ。
講談社 (2014-07-11)
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