2015年6月24日水曜日

武田百合子『犬が星見た ロシア旅行』

夢のような愉しさ。旅は漂うよう緩やかに、ゆっくりと進む。不要とばかり、曖昧になって行く流れ。日々を区切る時間、曜日を失い、感覚だけが、鮮やかに浮かぶ。出会い、驚き、好悪。見たもの、触れたもの、すべてそのままを。整えられることもなく、煌びやかな飾りを施されることもなく、素面のまま、言葉は捉え、どこまでも好ましい。(…それでいて、率直であることにしばしば付随しがちな不器用さや泥臭さとは無縁である辺りが、また魅力的なのだ。)
流れ続ける時間の、残酷さの及ばない場所に、その旅はあった。いつまでも続くような愛おしさ。だが、区切りを持つ日々へと、終わりある日々へと、戻って行く時が来ることを知っているからこそ、旅の永さがかえって、悲しいものに感じられる。止めようのない流れの内で記した言葉の、静かな色合い。それは当然で、避けようとすることさえ、試みられぬもの。夢の時の愉しさはそのままに、読後にはじんわりと、寂しさが滲む。


犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)
武田 百合子
中央公論新社
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