下手に飾り立てず、スッキリと。だが、言い表し難い、齟齬は見過ごさず、誠実に。身の端正さをそのまま思わせるような言葉には、歯がゆい滞りというものがなく、いつだって小気味よい。身の回りのこと、何気ない日々のこと。自らの生活を、親しみ深さ、身近さまで鮮やかに、切り取り、記す、快さ。平穏な暮らしの中にある自らを見つめ直す視線は、厳しく、真っ直ぐ、身に覚えのある愚かしささえ、素直に認めることが出来るからこそ、幸田文の随筆は、清々しい。
綺麗も汚いも、いいも悪いも。その先にある、美しいもの、強いものの存在も。時と共に薄れ行く激しさも、徐々に柔らかく形を変えて行く感情も。そのすべてを受け止める。移り変わるものを、否定しない。時代と共に変わり行くものたち、人々の、生活の変化を、肯定的に、温かく認める。しかし、例えば、新しい常識、新しい生活のお供たちの台頭に際し、当の本人はと言うと、大抵の場合、自らの身はその流れ、変化の外に置いてあり、しっかりと引いた線の向こう側で、涼やかに微笑んでいたりもする。時折ふと、したたかさを感じるも、それは、自らの大切なもの、踏み止まるべき場所を、熟知しているが故に持つ、一面のようにも思え、むしろ好ましい。
身近な物事に楽しみを見出す姿勢。物事を知ると言う楽しみ。物事を知ることで覚える恐れや、そこから生まれる慎重さ。恐々と、だがそれでもなお、よさも、悪さも知ろうとする、その強さに、惹かれてやまない。言葉より浮かび上がるのはあの、綺麗で、さっぱりとしていて、パワフルで、逞しくて、そして、しなやかで、慎ましやかな、佇まい。自らの緩みを明かす時の、お茶目な物言いの、愛らしさ。飾らぬ素地の魅力は強く、いつまでも、色褪せない。
読むたび、読み返すたび、惚れ直してしまう。
河出書房新社 (2014-06-28)
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