2015年6月12日金曜日

津島佑子『逢魔物語』

黄昏の薄闇に浮かぶ異形。灼けついた愛憎の果て、陰惨に昇る情念に身を焦がし、横たわる闇の慕わしさに惑い、立ち竦むものたち。自らの在るべき場所こそが、自らの生きるべき場所こそが、僅かに温かな愛着と同時に、渇き、恐れる心の荒涼と、癒えることのない傷みを広げ、見せつける。安らぎを求め縋り付く性愛。だが、不安定な交歓はかえって、逃げ場のない自らの生を、思い知らせるだけ。互いの性を求め合う交わりにさえ、救われることはないと、現実からは逃れることが出来ないと知っているからこそ、熱情への執着と、在るべきそこへの愛着はやがて、消え去ることのない葛藤を生み落とし、苦しみに喘ぐものたちを、蠱惑的な闇へと誘う。

鮮烈に残る、異形へと変わり行くものの愚かしさ、凄艶さ。自分一人だけで、子どもたちを見つめて生きていかなければならない、現実への怯え。自らの足下に開いた穴の中に、子どもたちと共に転がり落ちていくことが恐ろしくて、子どもたちがいずれ、自らを踏み越えて穴を出て行ってしまうことも、自分一人だけがその中に残されることも、恐ろしくて。繰り返す逢瀬に覚える安堵、それでもやはり、子どもたちを手離すことは出来ずに漂う。魔を秘めた闇の中でのみ、せめて人をやめ、人であることをやめ、自ら異形と化したものの顔に浮かぶ、歓喜。おぞましくもこの上なく愛おしい。

もがき続ける心に触れる息苦しさ。踏みとどまるものの痛ましい懸命さ。人を異形の姿へと変える、苦しみの忌まわしさ、闇の妖しさ。黄昏の薄闇に満ちる寂寥感。不穏を孕んだ静寂、魅入り、堪らずに寄り添う。



逢魔物語 (講談社文芸文庫)
津島 佑子
講談社
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