2015年6月8日月曜日

村田喜代子『蕨野行』

若い命を優先し、村を守るために作られた、苦渋の約定。己が身を、後事を憂いながらも子や孫を思い、先人たちに倣い、野へと入って行く老人たち。村を離れ、野を、山を、老いた身で生きる過酷さ。厳しい自然の中で営まれる集団生活は、悲惨そのもので、だがどこか、滑稽な明るさを含むもの。残酷な様相が醸し出すおかしみ、弱き者と棄てられてなお、たくましく輝く命が眩しい。
最早人のものとも思えぬ姿となりながら、それでも強く、野を生き続けるババと、ババの後を継ぎ、懸命に家を守る、若き嫁ヌイ。一方は野から、一方は人の世から。義理の家族でありながら、まるで本当の親子のように互いの身を案じ合う、ババとヌイ。それぞれの場所から、生と死の不思議を、生と死を繰り返し、魂が巡り行くことの不可思議さを見つめ続ける二人の対話は、老人たちの肉体を襲う惨たらしい崩壊を、彼等が次の生に向かうための、安らかな準備へと変えて行く。
互いを思い合う気持ちが結ぶ、来世の縁。死の哀感を照らす生の光、軽やかとなった身を包むその温かさ。死の哀しみはやがて、新たな生を巡る歓びへ。始まりへと彩られた終わり。終わりを始まりへと彩るいくつもの思い、その豊かさが、その静けさが、慕わしくてたまらない。



蕨野行 (文春文庫)
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村田 喜代子
文藝春秋
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