2015年6月13日土曜日

岡本かの子① 『雛妓』『渾沌未分』

『雛妓』
哀しみと憂鬱に沈む心を癒やし、新しく、しなやかな輝きに満ちた力をその胸に宿す、共鳴と別離。自らと同じ名、そして、自らの忘れかけていた若さを持つ者。繰り返し呼び合う互いの名、懸命に呼び、呼び掛けられる、ささやかな交流。それはまるで、自らの知らぬ、自らの内に秘められた本性を呼び覚ますかのような、目覚めを待つ、自らの魂に触れるかのような、期待と懐かしさ、生というものを豊潤に彩る、温かな光に溢れたもの。寂寥、陰翳さえ慈しむ言葉、熱く、快い、歓びの念が迸り、全身を駆け巡る。

『渾沌未分』
若さというものの瑞々しさ、荒々しさをさえ、存分に活かし、隅々まで張り巡らせたような、肉体の豊艶な煌めき、そして、その強靭な皮膚の内部に脈打つ魂の、野性味に満ちた、しなやかな振動に、まず圧倒される。肉体を奔る悦び、乏しい今を変える豊かさへの渇望。健やかな主人公の命には、あわられたすべてを喰らい、自らの血肉とする、たくましさがあった。だが、無心の胸中に湧き出でた力の奔流は、彼女を、慕わしくも息苦しく、窮屈な現実から、果てしない深淵の世界へと、その身、その魂ごと、導いて行く。なにものにも縛られず、自らの内に漲る力に従い、放ち、どこまでも泳ぎ続ける恍惚。心を熱く締め付ける涙、苦しみより差した開放の導きに、身を委ねる姿の鮮やかさ。瑞々しく、艶やかな躍動に、痛切な愛おしさがこみ上げ、胸いっぱいに広がって行く。