2015年6月16日火曜日

多和田葉子『雪の練習生』

記憶を、世界を記し、言葉にすると言う、当然で、難解な試みを以って語り続けられる、ホッキョクグマ三代の物語。
何かを言葉にすることによって出来る、言葉になったそれ、言葉にされたそれと、言葉になる前、言葉にされる前の、元々のそれとの距離。距離は言葉に対する不安と疑念を生み、在るものと無いものの境目さえ、柔らかで、曖昧なものに変えて行く。彼等の物語に感じる、不可思議で、危うげな魅力。それは、言葉にすることを不安に思いながらも、言葉に頼るほかのない物語の脆さ、息苦しさより生まれ、滲み出るもの。世界が広がっていく感覚を、言葉で味わう喜び…不確かさに触れる、淡く、確かな陶酔。浮遊感を纏う、夢のような世界の中に感じる現実との繋がりは、心をチクリと刺す棘。さらさらと溶ける雪の儚さ、透き通る氷の美しさを思わせる言葉の数々がまた、心地良い。



雪の練習生 (新潮文庫)
雪の練習生 (新潮文庫)
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多和田 葉子
新潮社 (2013-11-28)
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