2015年6月3日水曜日

倉橋由美子『暗い旅』

失踪した”かれ”を求め、旅に出た”あなた”…それは死滅した愛を巡り、残骸さえも残さずに消え去ろうとする愛を弔う、暗い旅。裏切られ、捨てられた”あなた”は、鈍く痛む傷口から自らの内へと沈み込む”あなた”は、失われた愛を反芻することで、そのぼやけた形を明らかにしようとしているかのよう。
互いを愛するが故に、同じ世界に住まう者同士であるが故に、共犯者となることを選んだ二人。男として、女として、互いが対の存在となるよう、演じ続ける性。愛を守る為に交わした、裏切りの約定。流れる涙の素朴な青さ。愛を解読する行為が導く自由。体内にて滞る、陰鬱な思いの変遷…。
自らの内に沈み、愛を反芻し続けることで、その形を知ろうとする試み。試みは重く、だがそれを必要とした心には、密やかに息衝く、若さがあった。世俗的な営みの一切に価値を見出さぬ、冷ややかな眼差しを崩さぬが故に、若い”あなた”が繰り返す試みの純度は高い。愛を辿り、愛を読み解き、やがて”あなた”を自由へと導く言葉は、波のように押し寄せ、その暗さを以って、その静けさを以って、波に身を委ねたものの、心を覆う。


暗い旅 (河出文庫)
暗い旅 (河出文庫)
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倉橋 由美子
河出書房新社
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