2015年7月19日日曜日

佐藤亜紀『天使』

絶妙な滑らかさ。絶妙な脂の乗り具合。探り合い、欺き合い、躱し合い、出し抜き合い…言葉を介さぬ戦いに弛みはなく、どこまでも瀟洒なまま、目まぐるしく躍動し続ける。道自体は危ういが、走りは華麗。くどさや寒々しさへと滑り落ちて行かない辺りがまた大変心憎い。
戦い同様、互いの思いをはかり合う局面でさえ、言葉は短く素っ気ない。探り合うことにも通じ合うことにも、言葉をそれほど必要としない異質さ故。しかし稀に交わすそれは、少なくとも短くとも、曖昧でわかりにくい繋がりの熱さを、確かに感じさせるもの。なんと言う狡さ。なんと言う瀟洒さ。一瞬にして心を絡め取られてしまう。物語への熱中を妨げるもののない、滑らかな緊迫。気恥ずかしさや違和感に物語への関心を削がれることなく、ただ愉しむのみ。
魅惑的な危うさと緊張感、どうすればその走りを保てるか、どうすれば滑り落ちても行かず、すれすれの所を華麗なまま走り抜くことが出来るかを、すべて見越し、すべてわかっているような言葉の余裕と自信と脂の乗り具合…大変小憎たら、いや、心憎い。最後まで楽しみ抜く。


天使 (文春文庫)
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佐藤 亜紀
文藝春秋
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