2015年8月3日月曜日

村田喜代子『花野』

失うこと、終わること。深刻につきまとう滅びの感覚。目前に迫るそれを見つめ、或いは迎え入れ…閉経と言う変化に際し、漠然と眺めるその先に見えた狼煙。終わり行くものの大きさと、この先踏み入るであろう未知の、その不鮮明さに惑い、くゆる不安を持て余してなお、宥めようもなく逸る心に従い、漂泊の旅に出る。目指すべき場所も、求めるべき場所さえもわからぬまま。終わりではなく、新たな生を示唆する合図への、ささやかな期待を頼りに。
多くを知り、多くを決め、多くを築き上げ…その身もその現実も、今更捨てようがない。年を重ねた分、豊かさと共に、濁りや澱みもまた、奥底にて厚みを増すもの。いいも悪いも蓄え、さすらうにはあまりにも重い身、だが、それでも挑む旅路はどこか、変化への素朴な好奇心を源泉とするような、新鮮さや瑞々しさを含み、老いることの酷さや憂いを思わせるばかりの、暗く寂しげなものでは決してないように感じられる。
確かな終わりを示しながら、同時に新たな始まりをも示す、記された変化の清々しさ。そして、滅びを思わせる変化にさえ、好奇心を以って向き合うその心の好ましさ、痛快さ。村田喜代子作品を読むたび、年をとることのよさ(…可笑しさやら煩わしさやら、楽しさやら悲しさやら、何やら沢山のものを煮詰めたような、面妖で、不可思議で、複雑なよさ…)を知る。



花野
花野
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村田 喜代子
講談社
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