2015年8月5日水曜日

皆川博子『双頭のバビロン 上』

寄り添い易さはやはり影、選ばれなかったものの方にある。存在そのものを抹消され、隔絶され、闇に属する場所で、自らを認めるもの、選ばれなかった自らを選んだものの期待に応えるため、それ以外何一つ持たぬが故に、ただそのためだけに生きるものの方に。片割れへの嫉妬や羨望、疑念、怒り…多くを抱え、相手に、そして願いに依存することによってのみ、自らに価値を見出すことが出来る影の方に。更に、謎をまとい艶やかに舞う、唯一無二の友と紡ぐ妖しくも愛おしい交歓の一幕がまた、影への傾倒をより一層深いものにする。やはり寄り添うべき対象として心が選ぶのは影。
しかし困ったことに、選ばれたものの方、光は光ですごくいいのだ。大変困ったことにゲオルクはゲオルクでいい。影への傾倒を感じながら、同時に光にも惹かれ、光に対する押し殺し難い愛着までをも感じてさえいる。隅々まで満ち行く蠱惑の芳香、それぞれ異なる色彩の輝きを放つ人々の凄艶なる相貌…大変心憎いことに、皆川博子作品は片一方のみへの陶酔を許さない。ゲオルクはゲオルクで大変いい。出自や境遇の特異さを出処とするものではない、精神的な弱さや脆さを隠すためのものでもない、真っ直ぐ突き抜けたような豪胆な高慢さと、勇壮と咲き誇るその素晴らしい自信家ぶりは大層魅力的なもの。選ばれたものに相応しい波乱、そして波乱に立ち向かう華麗さ、此方は此方で目が離せない。
交錯、邂逅、集結…多くの喜悦待ち受けるであろう下巻にも期待!



双頭のバビロン〈上〉 (創元推理文庫)
皆川 博子
東京創元社
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