2015年8月30日日曜日

久生十蘭『内地へよろしく』

死地にある人々の優しさや陽気さが沁みる。みな泥臭くて、実直で、磊落で、馴染み易いのだけれども、その表情には既に覚悟を決めてしまったもの特有の凄みがあって。だからこそ沁みる。彼等が最早、二度とは戻れぬと決心した先の、突き抜けた悠然さの中に在るからこそ。わかり切った事が悲しい。何気なくて素朴な、忘れ難い優しさの数々もすべて、戦いによって命ごと失われてしまうものである事が悲しい。判然としていて、わかりやすく残酷であることが悲しい。堪らなく悲しい。
しかし、やはり久生十蘭。どこまでも久生十蘭。戦場の(或いは戦時下の)凄惨さや切実さを潜ませた可笑しみ。知っているあの人、あの鶏、あの場所。面妖で、トンデモで、愛おしむべきあれやこれ。戦場に対し、悲しみと共に抱くのが懐かしさと可笑しみであると言う不思議。死地、内地、ドタバタ、また死地へと。場面を結び、お話を運ぶ軽妙さには、何やら妖しげな魔法めいた魅力を感じる。
可笑しみを物語り、当然を飄々と述べ、熱の躍動や哀しみを克明に映し出す言葉の色豊かな光沢。柔らかく、しなやかになめすよう、丹念に趣向を施した作品の瀟洒さ。結末にさえ油断は出来ず、役目を果たし終えた身をベリベリと剥がす、躊躇いのない音が、不気味かつ鮮やかに響く。



内地へよろしく (河出文庫)
久生 十蘭
河出書房新社
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