2015年9月15日火曜日

大庭利雄『最後の桜 妻・大庭みな子との日々』、大庭みな子作品のこと

惚気だ。何とも凄い惚気だ。何とも熱烈な惚気。本当に凄い夫婦だと思う。寛容さで包み込むだけのものではない。甘さで美しく彩るだけのものでもない。相剋、理解、協調…時を重ね、言葉を重ね、やがて辿り着いた一心同体の境地。齟齬も軋轢も、喜びや慕わしさと共に飲み込み。穏やかではあるが、それ故に、澄み切ったものではない。澱みや濁りをも受け入れたために。豊かで、たっぷりとしていて、一筋縄ではいかない、落ち着きがあるような。ひどく難しいことを成し遂げたものの、凄みがあるような。何とも稀有な愛、何とも稀有な幸福。容易なものではないその色、その変遷を語る場所の静けさを、悲しみよりも深く、そこに未だ残る幸せを思う。

なぜ後期の作品にばかり惹かれていたのか。読んでいて、何となくその理由がわかったような気がする。苦しみを咀嚼し終え、飲み込んだそれさえも糧に変え。接し、触れ、交わり、生も、死も、清らかさも、濁りも、貪欲に取り込み続け。その多彩である分、心は潤沢に熟れ、艶やかに、滋味豊かに香り始めた。そう言った印象をその晩年より受けたために。融和、融合…同化と言うべきか、二人で一つ、と言う形まで夫婦の間柄を昇華し得たこと、伴侶との間柄がそこまで到達し得たこともまた大きいのではないかと思う。



最後の桜 ---妻・大庭みな子との日々
大庭 利雄
河出書房新社
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