2015年9月23日水曜日

高樹のぶ子『哀歌は流れる』

救い、救われ、一つ一つ癒えて行くそれぞれの哀しみ。あるものは見覚えある感情との邂逅に揺れ、あるものは未知へと通ずる新鮮な輝きに魅入り。出会いが与えるもの、或いは、別離が残すもの。密やかに噛み締め、反芻し、向き合い続けることで、哀しみは人知れず、緩やかに、そして様々に、その形を変えて行く。
暗がりを脱し、躊躇いや恐れを拭い切れぬまま、歩み始めたばかりの身。いま哀しみに在るものとの出会いは、ようやく通り抜けた時の苦さを思わせ、重く煩わしい。暗がりに篭る熱の、その源に触れ…痛みさえ伴う濃密な接触、しかしそれは、他でもない自分自身を救いへと導くもの。言葉を交わし、身体を重ね合わせ。柔らかに癒えた心、哀しみを照らす光は次のものへ。心地よく流れて行く。
人の心の陰影に息づくものを、哀しみや苦しみと言う言葉ですくい上げた時、その内に収まり切る事が出来ずに溢れ落ちて行ってしまうような、ささやかで報われぬ機微さえも、繊細に捉える。豊かで、艶やかな潤いに満ちた言葉を用いて。そのささやかな思いこそが、見過ごせぬ痛みとなり、胸に跡を残す事も、また、ささやかな思いのその積み重ねこそが、温かな癒えへと繋がる事もあると。慕わしい。しっくりと馴染み、慕わしい。



哀歌は流れる (新潮文庫)
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高樹 のぶ子
新潮社
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