なんと膨大な時を彷徨い続けて来た事か。彷徨い続けて来た時自体を見失うほどに膨大な。何を得、何を失い、何が残ったのか。多くがいない。多くが離れて行き、また多くを捨てた。焦がれ続けた美の完成、あまりにも甘美な一瞬を境に。受け入れた死の充足を境に。
熱く激しい衝動を手懐け、死に近い穏やかな場所で。痛みをやり過ごし、老い行く己が身を見遣り。悦楽の極致を見、緩慢なる死を知り、余生だと言う。振り返る時の内に、確かな何かを見出せぬまま、しかし、それでも残り続けたもの…柔らかな幸福、かつての鮮烈なそれに似た歓び、無垢なる美への愛…守るため、殉ずるため、今一度生き続ける。
自分自身の狂気とも言うべき衝動の凄まじさ、狂気への耽溺がもたらす快不快の果てしなさを知り、その深みに惹かれ続ける危うさと、それが狂気であると理解する冷静さを併せ持つものの言葉を用いるが故に、物語は美しい。迷いを帯び、喜悦を帯び、酷薄さを帯び、痛ましさを帯び…それ故に美しい物語。重厚な余韻、よく親しんだそこを離れる事に、動き出す事にさえ躊躇いを感じたほどに。未だ物語にとどまる心より溢れたのは溜息。