2016年2月20日土曜日

皆川博子『アルモニカ・ディアボリカ』

悪臭、汚穢、退廃蔓延る陰鬱な空の下、今一度バートンズが奔走する事の嬉しさ。再会の喜びは当然、腐敗に募る憤懣(なにせ腐り切っている。なにせ濁り切っている。手の施しようもないほどに!)、サー・ジョンに敬愛の念を抱けば抱くほどに増して行く類の歯痒さでさえ、物語への更なる耽溺を促す魅力と化す。
善悪の境目を持たぬ妖美の告白。問い掛けるように。打ち明けるように。密やかに記す過去の凄惨さ。閉ざされた闇に生きるもの達の悲哀。息苦しい。彼等を慕わしいと感じるが故に。そこに滞る思いがあまりにも清澄である為に。辿り着いた真実を覆う欲望の醜さも。不安定に揺れ続ける書き手の自嘲も。だが、ネイサンが大変効いている。何といういい緩み。心憎い緩み。彼の健気な焦りこそが、そのささやかな冒険こそが、逸り、乱れる心を緩め、小気味よい笑いに誘う。
緊迫の快さと陰惨なる事件への昏い期待、そして瀟洒なユーモアが運ぶ緩み。おぞましさに震え、儚さに揺れ、美しさに溺れ。得るは極上の愉悦。



アルモニカ・ディアボリカ (ハヤカワ文庫JA)
皆川 博子
早川書房
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