2016年2月22日月曜日

『須賀敦子のヴェネツィア』

リドで過ごした夏の事。別離の哀しみ。寄る辺のない不安。余裕を失い、沈み込む心。優しささえ重荷と捉える身に、快く馴染んだ好意の爽やかさ。うまくいかなさ、時間に逆らう事なく、待つと言う事の難しさ。トルチェッロ、聖母像の事。圧倒的な美しさ。夏が自分を縫い止める事を、確かめ、幾度となく確かめ、頷く。寂しく、だが、強い。…思い出す。淡く蘇る。或いは、ゲットの事。「ザッテレの河岸で」の事。受難の歴史、苦しみを塗り込んだような、影の深さ。寄り添うよう、心を止め、大切に掬い上げていた事。或いは、遠い異国であると、不意に気付く瞬間の、心細さもまた。細かに敷き詰め、音さえも硬く冷たいそこが秘する危うさを思う瞬間の、心細さもまた。或いは、滲み、満ちる思いをなぞり、迸る衝動と感覚を、柔らかに解けるまで見つめ続けていた姿さえ。ぼんやりと、蘇って来る。
今一度読み。眺め。思い。なぞり。反芻し。潤う眼裏、霞んでいた情景に色を与え、形を与え、心をも溶かして行く。



須賀敦子のヴェネツィア
須賀敦子のヴェネツィア
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大竹 昭子
河出書房新社
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