2016年3月2日水曜日

須賀敦子『ユルスナールの靴』

感嘆の余韻に誘われ、その足跡を歩む。自分自身の生より浮かぶ苦しみや軋轢。未だ彷徨う彼等を救うよう、辿り続ける軌跡の中に、そっと重ね合わせながら。難しく、複雑なものであったはずの道。だが、そこに残る歩みの痕跡は、幾度となく訪れた逡巡と停滞の重さを伝えると共に、それでも失われる事のなかったしなやかさをも示すもので。追い求めるよう歩み続ける心は、時に安らぎ、時にさざめき、時に答えを見つけ出す。
共鳴は慰めへと。決して埋まる事のない隔たりは憧れへと。惹かれ、魅入り続けたユルスナールの言葉。旅路は自身とその言葉との間隙を埋める為に、僅かでもその言葉に近付く為に、必要なものであったのではないかと思う。遠く近い、その距離を確かめる為に。

明かし難い衝動の強さに戸惑い、思うままに進む事の出来ぬ不自由さに悩み。苦しみは暗がりに重く、わだかまり続けていた。しかし、慕わしい軌跡を辿る、長く繊細な試みの中で、陰翳に滞る歯痒い記憶の多くもまた、報われたのではないか。彼等が緩やかに解けて行く喜ばしさ。旅路の果てに見た、安堵の柔らかさを思う。憧憬の温かさを思う。



ユルスナールの靴 (河出文庫)
須賀 敦子
河出書房新社
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