2016年3月17日木曜日

『黄金の夢の歌』へ、津島佑子

自然は余りにも美しく広大で、人間は余りにも弱く小さい。争いもまた絶える事はなく、敵は余りにも多く強い。辛く、儚い生。まとわり続ける哀しみ。しかし、それでも負けず駆け続ける人々が伝え継ぐ夢の歌の、何と晴れやかである事か。それは確かに現実より生まれ出でたものであるはずなのに。生が終わり行く事を避けられぬ人々の思いより、人々の記憶より、生まれ出でたものであるはずなのに。現実を離れ、現実に流れる時間の束縛を断ち切り、眩い自由を得た夢の時間の、何と壮大である事か。人々はそれを、救いとし、拠り所とした。現実より逃れるためではなく、短くも過酷な生を、それでも、逃げず駆け続けるために。
夢の歌の英雄達。子どものまま永遠に年を取る事のない、腕白で、元気一杯の男の子達。戦ったり、暴れたり、イタズラをしたり。夢の時間の中で、楽しそうに遊んでいる。遠い日に失くした、「あなた」の愛おしい男の子もまた。その旅路のすべてが「あなた」の夢の時間へ。「わたし」の旅路を記す言葉のすべてが「あなた」の夢の歌へ。何と嬉しい事か。

その夢はいつも、重く、息苦しいものであった。どれだけ目を背けようとも逃れる事の出来ぬ、現実の閉塞感を象るかのように。『黄金の夢の歌』は、それ故に喜ばしい。その夢が、その現実より生まれた夢の歌が、どこまでも広く、開かれたものであるが故に。「あなた」の夢の歌もまた、「わたし」の現実を離れ、正確に流れ行く時の支配を逃れる事で、死より免れぬ人の生の、救いとなり得るものであるが故に。2016年、「あなた」もまた、夢の時間へと旅立ってしまった。「あなた」の懐かしく、大切な男の子がいる夢の時間へ。沢山の夢の歌を残して。狭く、騒がしく、忙しない生の内に在るもの達の、自分の、救いとなり拠り所となる、沢山の夢の歌を残して。



黄金の夢の歌 (講談社文庫)
津島 佑子
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