2016年3月21日月曜日

多和田葉子『聖女伝説』

少女は抗い、逃れるため戦う。この上なく残酷で、不快で、陰湿で、おぞましい世界を相手に。その言葉を駆使し。立ち向かう事、身を守る事。それは難しく孤独な難事。悪意、抑圧、無理解、執拗な誘惑と粘着。嫌気が差すほどに。理不尽であり、不可解であり、滑稽である世界で。
彼女が用いる言葉はあんなにも冷静で、硬質な(しかしそれでいて柔軟な)ものであるのに。それをなぞり続ける事で得る快不快は、辟易するほどに重厚なもの。ずっと焦っていた。ずっと澱んでいた。そのしたたかなやり口への驚きと賞賛は当然あれど。注がれ続ける粘ついた欲望と束縛への嫌悪が勝り。ずっと落ち着かずにいた。

多和田葉子の本を読む時、自分はいつも、ソワソワしているような気がする。覚束ない。目眩がする。血の気が引いて行く。快不快が余りにも強過ぎて。立っているのか、浮いているのか。不確かな足場で確かな感覚が迫り来る怖さ。彼女が抗うと決めたもののしぶとさにウンザリとする。その根の深さに気が滅入る。抗う様に湧く羨望と共鳴。幾度となく訪れる難事への怖気と、不穏であるままの世界への不信感。皮膚を走るように駆け巡り。ずっと落ち着かずにいた。



聖女伝説 (ちくま文庫)
聖女伝説 (ちくま文庫)
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多和田 葉子
筑摩書房
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