彼女が用いる言葉はあんなにも冷静で、硬質な(しかしそれでいて柔軟な)ものであるのに。それをなぞり続ける事で得る快不快は、辟易するほどに重厚なもの。ずっと焦っていた。ずっと澱んでいた。そのしたたかなやり口への驚きと賞賛は当然あれど。注がれ続ける粘ついた欲望と束縛への嫌悪が勝り。ずっと落ち着かずにいた。
多和田葉子の本を読む時、自分はいつも、ソワソワしているような気がする。覚束ない。目眩がする。血の気が引いて行く。快不快が余りにも強過ぎて。立っているのか、浮いているのか。不確かな足場で確かな感覚が迫り来る怖さ。彼女が抗うと決めたもののしぶとさにウンザリとする。その根の深さに気が滅入る。抗う様に湧く羨望と共鳴。幾度となく訪れる難事への怖気と、不穏であるままの世界への不信感。皮膚を走るように駆け巡り。ずっと落ち着かずにいた。