多和田葉子の本を思う事は、夕べ、或いは今朝見ていた夢を思う事に似ている。と思う。今はもう、掴み難い。そこにいた時、自分はその何もかもを平然と受け止めていた気がするのに。奇妙だと訝しむ事なく。違和感に躓く事もなく。そうあって当然とさえ感じていた気がするのに。目が覚め、振り返ればそれは最早いくつかの断片。それは可笑しいと思うもの達の。それは不可思議であると思うもの達の。驚きと面白さ。疑念と戸惑いがある。そのわかり難さ、奔放さ(しかしこれは内に何か切実なもの、生真面目なものを秘めている場合もある)への。自分がその奇妙さを受け入れてしまっていた事への。
よく見知った言葉が見せる見慣れぬ顔。よく見慣れぬ言葉が見せる見知った顔。何かを象る。感覚を象る。情景を象る。快不快を象る。行動を象る。言葉より浮かんだイメージを言葉で象る。次が読めない。思い掛け無い方向への跳躍。それはやはり夢のようだ。その時は平然と眺めている。そして強烈な印象を残す辺りも。キッチリとしまう事が出来なくてむずむずする。今まで強固であると信じていたものへの信頼を崩されてしまいそうになる。
多和田 葉子
新潮社
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