2016年3月8日火曜日

村田喜代子『ゆうじょこう』

イチの都合の悪さがよい。無惨に崩れ行く悲劇の甘さや、熱情を糧に、ただ只管に耐え続ける類の健気さを好むものが抱く期待になど、当然応えるつもりはない。どこまでも聞き分けが悪く、たくましい。知らぬ間に根を張り、世界を狭めていた綺麗な幻想を、ことごとく打ち破って行く。わかりやすい苦しみや哀しみにばかり頼る事なく描かれる地獄の様相。滑らかではない日々の中で、一つずつわかって行く偽りと不自由さ。やがてうねりと化すそれは、諭され植え付けられたものではなく、みな自分自身の内より湧き出でたもの。矮小な憤りなどとうに超えたその決意の、何と力強い事か。誰にも寄りかかる事なく歩み始めたその姿の、何と晴れやかな事か。

その性に抱かれがちな幻想を剥がすたくましさ。決して綺麗ではない、美しくもない、生臭くて、ごつごつとしていて、大変で、不可思議で。しかし、そのままを肯定しているように思える。何一つ纏わぬそのままを。見苦しさも含め。賛美するのではなく、淡々と肯定。
地獄にだって、救いにも慰めにも繋がる事のない、素朴な喜びや笑いがある。わかりやすく沈んでいるばかりではない。地獄でだって、心は雑多であるもの。いくつもの機微がある。とても村田喜代子作品らしいと思う。偽りや欺瞞の数々に送る皮肉の斬れ味もまた。そして、何よりも狭く戦わない所がいい。広々と思いを馳せ、女性達は悠然とすべてを踏み越えて行く。何とも喜ばしい力強さ。



ゆうじょこう (新潮文庫)
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村田 喜代子
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