2016年4月12日火曜日

湯川豊『須賀敦子を読む』

浮かび上がって来る。光が。あまりにも静かで触れ難く、茫洋と広がっていた暗がりに。自分と、その言葉とを、埋めようのない深さをもって隔てていた暗がりに。思いがけぬ光が。埋まって行く。或いは、離れて行く。そこに隠れていたもの達に触れた事で。近さを、遠さを知る。
何か、輪郭を得た思いがする。言葉より沁み入り、まとまる事なく、境目を持つ事なく、重なり合い、滲み合うようにして息づいていた情景達の。息遣い、色彩、温度…淡く、けれど鮮やかに胸に居着いていた感覚達の。緩やかに見え始めた姿は新しく、濃さを増した陰影もまた慕わしい。

須賀敦子のエッセイ。その好ましさ、その哀しさ、その余韻…物語を読む時、物語を読み終えた時に抱く(或いは残る)それに似ていると。自分がそう感じていた理由に、ようやく出会えた気がする。今一度歩み直していたのだと。今一度対峙し直していたのだと。共鳴が穏やかに満ちて行く。


須賀敦子を読む (集英社文庫)
湯川 豊
集英社 (2016-03-18)
売り上げランキング: 27,182