2016年4月18日月曜日

『アナイス・ニンの日記』

自己強化、自己浄化。手入れ、潜伏、探究…反芻の場、昇華の場、肯定の場、否定の場。不可欠なもの。依るべきもの。矢川澄子にとっての神様のようなもの。対話の場、吐露の場、発露の場、安寧の場。決定の場、惑いの場。甘え、委ね、必要とするもの。潜り込み、包まり、向き合うべきもの、縋るべきもの。代替不可能であるもの。絶対的なもの。生であり、その結晶であるもの。彼女を要した多くの男性達が、憎み、妬んだもの。何にも勝る、自分自身の。
読めば読むほど、多くの女性達の熱狂、「あなたはわたしの日記を書いてくれたのです」と言う言葉の切実さが理解出来るようになる。彼女は与え、満たし、作り、まとめ、守るけれど、彼女自身が満ちる事はない。彼女は惑い、演じ、悩むけれど、彼女自身が枯渇してしまう事もない。男性達が求めた幾つもの顔、幾つもの役割。彼女は献身的に、誠実に、聡明に、見事に果たし続ける。日記にのみ、飢えを、虚しさを、歓喜を、愉悦を明かしつつ。彼女はそれ故に奪われる事がない。囚われる事がない。誰かで満ちる事がない。彼等に見せる顔も、役割も、結局は、驚くほどに深く膨大な彼女の、ほんの一部分にしか過ぎない。
大変な女性。あまりにも都合が悪い。手に負えぬ大変さ。支配し、収め、分類する人々にとって。


アナイス・ニンの日記 1931~34―ヘンリー・ミラーとパリで (ちくま文庫)
アナイス ニン
筑摩書房
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