2016年4月23日土曜日

アントニオ・タブッキ『島とクジラと女をめぐる断片』

それは一見、何の意図も、何の思惑も持たぬもののように思える。その悠然さ。その伸びやかさ。その突然さ。それこそ島のように、それぞれ浮いている、断片。積極的に動く風でもなく、互いに影響し合う風でもなく。危うく、曖昧である事は確か。けれど、内に含むものの重みにさえ、気付かせないほどの、当然さをたたえ。それは多分、如何様にも姿を変え得るもの。見る度、踏み入る度違う。形も、感触も。その都度違う。場所によって。角度によって。時間によって。
なぜ惹かれるのか。なぜ確かめるのか。なぜとどまるのか。言葉にするまでの間に、生来の力を失ってしまいかねない思いと理由の切なさ。寂しく、離れ難い。悠久を泳ぐものの目で見た時、世界はあまりにも狭く、慌ただしく、哀しい姿をしているために。よりそう感じる。

〈過去十年ちかくずっと、この本だけは訳したい、どうしても自分が訳すのだと熱望しつづけたこの手のひらに包みこまれてしまいそうな一冊〉…気ままで手探りな彷徨の最中、訳者である須賀敦子の言葉が不意に浮かび上がって来る。淡く緩やかな快さと共に。


島とクジラと女をめぐる断片
アントニオ・タブッキ
青土社
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