泰淳はやはり悶々としている。滑稽さを捉え、自分の呑気さを捉え、百合子さんの不思議さを捉え、諸行無常の虚しさを捉え、矛盾を捉え、彼方で悶々、此方で悶々。陰湿で、狡くて、老獪さを多分に含む悶々。百合子さんへの負い目、引け目、情愛、開き直りより生まれたそれは、割と好きな悶々。もあもあしたものが篭って、滞って、情景もまたぼんやりと曇り。境目も区切りも不鮮明。けれど百合子さんがいる所だけは晴れて見える気がする。悪態、嘆き、好き、嫌い、快、不快。もあもあも散り、そこだけはシッカリと見える気がする。
夫婦の絶妙な調和具合。(いつもだが)この二人はうまい具合に溶け合っていると思う。それぞれの言葉の中に、それぞれが、妻なり夫なりがいる。片一方の言葉だけでは成り立たない二人。悶々の重さに勝る、共にある生の悪くなさ。
武田 泰淳
中央公論新社
売り上げランキング: 258,126