2016年7月15日金曜日

小沼丹『埴輪の馬』

いなくなってしまった人達の事。いつの間にか。気づけば。いなくなってしまっていた人達の事など。妙に残っている瞬間の事。妙に忘れ難い瞬間の事など。致し方のない事と言うか、どうしようもない事であるのは十分わかっているし、どうするつもりもないのだけれど、それでもやはり、どうしたって寂しさを感じてしまうような事など。愉快であった事。気まずい事。分類出来ない、するほどの事でもない、けれど不思議と覚えている事など。よく見ていたようで、案外見ていなかったようなものの事など。
記憶は次第に曖昧なものと化し、正確さを失う。けれど振り返る時、正確さはしがらみのようなものにもなり得るのではないか、と思う。しがらみのような正確さを失えば、幅を利かせるのは印象の強さと忘れ難さで、そうなるともう、記憶はその人の中に、自由な形で残り続ける事が出来る。存外に根深く。飄々としつつも根深く。それを述懐する形をとった語り口の妙。長閑な。手探りであるかのような。寄り道し、辺りを眺め、ぼんやり歩く様にも似た語り口の。凄くいい。自分もゆっくり着いていっているような感覚になる。



埴輪の馬 (講談社文芸文庫)
小沼 丹
講談社
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