2016年8月26日金曜日

佐藤亜紀『戦争の法』

何と言うべきか、小説の魅せ方をわかっている人のやり口その極み、と言う感じがする。

目撃し、体験し、伝聞した何もかもが、それ以上でもそれ以下でもない事を明かして行くかのような語り手の口振り。姓とその所業に比べ、冗談かと思うほどに平凡な名。一貫して失われぬ余裕。形はどうあれ定まった今に在り、既に取捨選択し終えたものを語っているのだと感じる類の。押し殺している訳でも自惚れている訳でも自嘲している訳でも冷淡な訳でもない冷静さ。上にも下にも動かぬ温度。乱す事もない。何かを施す事もない。膨らませる事もない。色を付ける事もない。けれどわかる。誰をどう見ていたのか。何故そうしたのか。熱や感情を尽くして語るよりも余程。そしていつの間にか心奪われてしまっている。いつの間にか語り手を信頼してしまってさえいる。
それ以上でもそれ以下でもない事を明かして行く、あの語り口であるからこそ。際立つものがある。形はどうあれ定まった今にあり、決してまともさを失わぬ、あの語り手の目線で見るからこそ。鮮やかさを増し、鋭く迫り来るものがある。



戦争の法 (文春文庫)
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佐藤 亜紀
文藝春秋
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