2016年9月10日土曜日

河野多惠子「骨の肉」

享楽の残骸。暗く、痛ましく、淫靡な享楽の。身も、肉も、僅かに残るだけのそれを、乞い、貪り、すすり、余す所なく味わう享楽の。その音、その香り、その表情、そのすべてが物語る悦びを自身の悦びへと重ねつつ耽る。身を捩るほどに官能的な一時の。
陰鬱な停滞。弱まり行く身体。それでもなお貪欲に蠢く口内。置いて行かれた事を知る由もなく、幾度となく愉しんだ至福の味だけを、未だ切実に求め続け。その根深さ。妄執さえ無惨に歪め。憂いを凌駕し、快い焼失へ。剥かれ出でた残骸。食らい尽くされたもの達の成れの果て。骸の山。余韻は重く、けれど不気味な艶を孕む。

息を飲む。感嘆を押し殺すよう、静かに高ぶる。彼等の趣向に気付く時。その悦びを思う時。その重厚さを思う時。密やかに酔う。与えるもの、享受するもの、彼等が互いの趣向を絡ませ合う様を。貪る様を、味わう様を。行き渡る悦びを。描き出す言葉のその執拗さが好きだ。その陰湿さが好きだ。陰鬱な停滞に浮かぶ享楽の甘美な事。焼失の果てに積もる骸の凄艶な事。